* Contract of cherry blossoms
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潔いとか 哀れとか
人は自分の心を花弁に重ねる
花はただ・・・
自然の理の中
桜よ・・・ 舞い散る花弁よ・・・
呼ぶのであれば 連れていけ
もう・・・ たくさんだ・・・
「本当にそう望むのか?」
見上げた華の中にその声の主はいた。その人は袖の長い着物と呼ばれるモノに身を包み、漆黒の髪を風になびかせ、枝に腰を下ろしていた。髪と同じ漆黒の瞳を揺らし、透き通る綺麗な声は静かに問う
「あぁ…」
"他人に弱さを見せてしまったのは不本意だ"と思ったが、嘘をつくのは嫌いだ
散り行く花弁を見つめ、今、別れを告げた少女の涙を重ねた
愛していたのに、何故…
初めて味わう失恋の痛みにアイスブルーの瞳が大きく揺れる
ふわりと着物の袖が花弁たちのように舞ったかと思えば、重力がないような軽く優雅な身のこなしで目の前に降り立ち、その人は少年の身をそっと抱き寄せた
人とは思えぬ冷たい身体だったが、その冷たさはイザークにはどこか心地よかった
「ならば、最後の花弁が散り逝く時望みを叶えてやろう。ただし、それに値すればの話だが…」
頬を重ね耳元で囁かれた言葉に、この人に死神と呼ばれる者ならいっそうこのまま連れて行って欲しいと願ってしまう
強い風が吹いたかと思えば、その人は身を翻し薄紅色の華を咲かせる大木に手を当て舞い散る事を抗う花弁たちを見上げた。その初めて見る着物と呼ばれるモノは黒地に桜と紅葉が大きく描かれ、それらを束ねている一本の幹は世の秩序を表しているかのようだった。華やかな華の中にあって、その艶やかな着物はその人をより神秘的な存在にしていた
「コーディネーターとて心は脆弱なままか…人とはどこまでも哀れな生き物だな」
まるで自分は人ではないと言う物言い
「お前は人ではないのか?」
「さぁな。お前がそう感じるならそうなのであろう」
くすりと笑い、その人は両手を広げ瞳を閉じ頬を寄せ大木を慈しんだ
小馬鹿にする物言いだが、不思議と苛立ちを感じない。それどころか、もっとこの女と話をしたいとさえ思ってしまう。しかし、何を話せば良いのかわからない
立ち尽くすだけのイザークを余所に、女は華を咲かせる木を抱いたままそれ以上何も語らなかった
ただ時だけが舞い散る華と共に風に流れていく
静寂な時は傷つき乱れきった心の痛みを消していった
「イザーク」
遠くからディアッカが自分を呼ぶ声がその静寂を破った
"帰るぞ"と迎えに来たディアッカの後ろには、アスラン、ニコル、ラスティといった同期の奴らがぞろぞろ式典を終え帰路につく姿があった
「また逢えるか?」
「逢いたいのか?」
「そうじゃないが…」
「私はいつでもここに居る。時が来るまでは…」
木を抱き瞳を閉じたまま表情一つ変えずに赫い唇だけが言葉を紡ぎ出していた
その不思議な人の姿をイザークは捉えつつも、ディアッカの方へ歩みを進めた
「貴様の名は?」
「名に何の意味がある?」
「…っ!俺はイザーク・ジュールだ!覚えておけ!!」
くすりと笑われた気がした
人を小馬鹿にし弄んで楽しんでいるのか?それとも…
「あぁ?誰だあの変なの着てる女?」
「もしかして、イザークの新しい彼女ですか?」
「もう次かよ。早いなw」
「・・・」
「五月蝿い!行くぞ!!!」
イザークは振り返りたい気持ちでいっぱいだったが、これ以上デリカシーに欠けるこいつ等にある事ない事言われ弄ばれるのは嫌だった。
抱かれたときに移ったのか制服に微かに残る白檀の香りが、漆黒の髪、黒く艶やかな着物、印象的な赫い唇を鮮明に思い出させた
その夜、イザークは部屋を抜け出し、あの華の舞い散る場所を息を切らして訪れた
出遭った時と同じく、その女は枝に腰を掛け、身を樹に寄り添わせて咲き誇る華を手に取り嬉しそうに目を細めていた
「何をしている?」
「またお前か…」
夜の静寂の中、独り華を愛でていたのを邪魔するのか?とばかりに視線を下に落とすその姿は、昼よりもいっそう神秘的なものだった
闇夜に浮き立つ薄紅色の華たちは光を放つかのように輝き、漆黒の髪と瞳、華やかな柄を浮き立てる漆黒の地の着物が白い肌を引き立てている。そして、その赫い唇が目を引く
「知っているか?この花弁が薄紅色の訳を」
"花の色は遺伝子で決められた事だ、それに訳などあるか"と普段の俺なら言うところだが、この女の妖しい雰囲気に飲まれたのか声に出せなかった
「昔は穢れのない純白の華だった。しかし、ある時 樹の下に死体が埋められ、その死体の血を吸い咲いた華はうっすら紅くなったらしい。それ以来、この華たちは血を求め人を呼び寄せる。稀に聞くだろう?華を見に行ったまま帰ってこない人がいると…」
馬鹿馬鹿しい話だが、真実のように聞こえてしまうのはこいつの力か
確かに、闇夜に浮かび上がるその華は妖しく紅く背筋が凍りつきそうな恐怖を感じる
「ここの華は他の土地の華より紅く美しい。次々と建てられる墓碑のおかげで。失った大切な人の墓碑に舞い散った花弁に涙を流すが、見上げた瞳に映る華にその傷を癒すその姿は何度見ても滑稽だ。愚かな戦いを続ける限りこの華は紅くなり続ける。血が滴る程紅くなるのだろうか?」
昼間同様、表情一つ変えずに冷酷な言葉を紡いで行く
死神と言うものが存在すると言うのなら、人に恐怖を感じたことのない俺が恐怖を覚えるこの女はきっと死神だ
ならば、俺の命はこの女に取られるのか?名も知らぬ女に
「名を教えろ!」
「また、それか…名にどれだけの意味があるというのだ?」
「…っ!!」
どこまで人の問いをはぐらかす気なのだ。昼間とは違い苛立ちを覚えた
「名を知らなければ、貴様を探す時に不便だ!!」
その苦しいまでの言い分に女は高らかな笑い声を上げ、白檀の香りを一面に漂わせ舞い降りた
「私を探す?お前が?」
「あぁ、そうだ」
「何故?」
「そ、それは………」
わからなかった。何故、突然出会ったばかりで可笑しな事ばかり言うこの女に惹かれる訳を
「くだらない事で傷つき、その苦しみのあまりに死にたかったのだろう?」
「…」
「死ぬお前が人を探す?滑稽な…お前はまだまだ死に値しないようだな」
「っく!!」
見透かされるのを避けようと背けた顔を冷たい手が正す
「軍人である以上、上の愚かな命に従い命を落とすのも、またプラントの為という正義の為に命を落とすのもお前の自由だ。だが本当に命をかけて守るべき者に出会ってもいないうちに自ら命つ事を容易く望むな」
「容易く望んだ訳じゃない!」
「容易くだろう?今のお前は昼間と変わらずそれを望んでいるか?望んではいないだろう。本当に望む者は人に惹かれはしない」
確かにあの時俺は死を望んだ。が、この女に出会い惹かれ、この女の事を知りたいと思いここに再び来ている。名を知り、これからもこの女と過ごしたいと思っている。それを今は生を望んでいる
俺は痛みから逃げたかったが為に容易く死を望んだのだ…こんなに俺は脆弱だったのか…
「遠くない未来、お前はその命をかけて守るべき者に出会うだろう。そしていつの日か、その者をお前が失い死に値する者になったのなら再び此処へ来て我が名を呼ぶがいい。その時は望みを叶えてやろう。我と契約を結びし者よ」
「名を教えてくれるのか?」
「あぁ、教えてやろう。我が名はxxxxxxx」
咲く華の 散り逝く心誰知らず 雲間を染むる 月もおぼろに
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『The future of doll』で描かれているイザークの過去話という設定で、桜の季節も相まって幻想的な作品としてみました
くれぐれも、どうやって樹の枝に腰をかけたのか突っ込まないで下さい
ミスマッチな振袖の登場については、個人的な趣味です!
漆黒の人の存在をどう捉えるかは、貴女の想像にお任せします
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