kapital.01 始まりは必至 |
デスクに数枚残る未決済の書類を手早く処理し、手を休める 椅子の背にゆっくりと身体を預け、天井を見上げれば、無機質で冷たい見慣れた景色が広がる 普段は見えない浅い紋様が、下からのランプの淡い光に照らされ揺らめく 自身の部屋とは全く別のどこかにいるような錯覚が、イザークの瞳を閉じさせ、先刻 傲慢で無礼な態度を見せた人物の姿を呼び起こす そして、心に小さな棘のように刺さったその名を呟いた 「・か・・・」 来慣れた軍本部。いつきても別段変わりのない場所だったが、今日はどこかざわめいていた 新特務隊の形式的任命式が行われるとは言え、それ自体はさして珍しい事でもなんでもないはずなのに 色めき立っている若い士官やら話に華を咲かせている文官たちを横目に、イザークはディアッカを従え歩みを進めた 「やっぱ今日は皆、新特務隊隊長目当てかぁ〜」 「ザフトもお前と同レベルが増えたもんだな」 「何言っちゃってんの。イザークだって気になるだろ?俺らと同じ歳で特務隊隊長だぜ?」 「いや、別に興味ないな。あるとすればこの新型駆逐艦の方だ」 「そっちかよ・・・」 ザフト軍、新型MS搭載強襲駆逐艦"フェアトーラク"他2隻のデータファイルを読む涼やかなアイスブルーの瞳は、親友でもあり自らの副官である褐色の青年のため息に気づきもしなかった 「ジュール隊長!」 カツカツと小気味良い足音と呼び止める声に振り返れば、かつて共に戦ったシホ・ハーネンフースが長い髪を靡かせる。あの頃よりも軍服を着慣れた感じは時の経過を感じさせた 「あぁ、シホか」 「はい。お久しぶりです!ジュール隊長、私隊に今度配属になったんです」 「隊って、あの新特務?!」 ディアッカの紫の瞳がその名に輝きを増す 「え、ええ。」 自慢気なシホの表情は一転し、ディアッカの好奇に一歩後ずさった 「お前が隊ね・・・」 白く輝く白眼の中央にある真っ直ぐで雄弁なアイスブルーの瞳は、いつ見ても美しく繊細な顔をいっそう怜悧に際立たせる 「あの頃より私もだいぶ成長して、副官に指名される程になったんですよ!」 「そうか・・・それはおめでとう。今のところ無粋な噂の目立つ隊だが、精々、ディアッカよりマシな副官になることだな」 「俺よりマシってどういう意味だよ!これでも我侭な隊長の面倒に日々苦労してるんだぜ?」 「っな!誰が我侭だと言うんだ!貴様!!!」 くすりと柔らかい声で笑うシホとは対照的な、毅然と静かな声が冷たくその場を切り裂く 「シホ」 高僧のように威厳のある姿は、とても隊長に成り立てとは思えないほどだ これまで目立った功績もなく、名もない人物でありながらこれほどの威厳・貫禄はどこから来ているのだろう シホは敬礼し、女でありながら低く静かな声の主に視線を変えた。その態度からイザークらはすぐに噂の・であると理解したのだった 「これはこれは、噂の張本人のご登場とは光栄だな」 「おいおい、イザーク。初対面でその言い方はなしだぜ?」 笑いとも皮肉とも言えない表情でイザークは彼女を凝視する 「噂?・・・あぁ、貴方も煩い羽音を立てる輩と同じと言う訳か」 不敵な笑みを口元に浮かべ、颯爽とシホを従え立ち去る背中は"精々、思い上がるがいい"と冷たい蒼い炎を放っていた あからさまに虚仮にされ、イザークの苛立ちは決壊直前の堤防のよう 「ん〜〜〜たまんないね。あーいう女の甘える姿見てみてー」 「アホか!だいたい、あの態度はなんなんだ!!」 手にしていたファイルをくしゃくしゃに握り締める乾いた音は、肩で風を切り歩み出すイザークの足音と共にその苛立ちを明確に語っていた 「任命式の後、ランチを挟んで軍法会議。明日からはフェアトラークに乗艦し研修が始まります。」 ぎっしり書き込まれたスケジュール帳を読み上げるシホの優しい声が、乾いた靴音と雑音と共にの耳に流れ込む "あの若さで特務ですって" "軍上層のお偉いさんの愛人らしいよ" "女はいいよなー" 「シホ」 「はい?」 手帳から背中に視線をあげる 「貴女は私の副官である事を忘れるな。私の命にだけ従っていればいい・・・」 「はい!隊長の副官として精一杯頑張ります!!」 きっと貴女はこの隊に選ばれた事を後悔する日が来るだろう それはそう遠い先の事ではなく・・・ は静かに瞳を伏せた それは期待に胸を躍らすシホの無邪気さに心を閉ざすように 2010.02.08 |