* 雪夜の椿



音もなく静かに降り注ぐ月の光に照らされて
ただ深々と降り積もる雪の下で、静かに咲き誇る紅い椿のように
貴女のその白い肌に私の所有物である証を今宵も咲かせましょう






『・・・そのような薄着では風邪をひいてしまいますよ』


その身に自らの羽織をそっと掛けて差し上げると、は"ありがとうございます"と透き通る声と真っ直ぐな瞳で永光に微笑みかける

(貴女という人は、あれだけのことを私にされたと言うのに まだそのような笑顔が出来るのですね…)


『私が怖くはないのですか?』


永光の瞳からは"総取締役"の優しい色は消え、冴え冴えとした冷徹な色でを見つめ、指先が首筋をそっと撫で上げ、髪を一束絡め取る


『永光さんは永光さんですから…私の知っている優しい永光さんも、あの日の永光さんも全て永光さんです…』


永光の指から逃れるように身体を強張らせつつも、は真っ直ぐ永光を見つめる
言葉とは裏腹に、今宵の月のような優しい色と凛とした強さを併せ持つ澄んだ綺麗な瞳は僅かばかり揺らぎ、どことなく不安と悲しみにも似た色を帯びている


『まだそのような事を言うのですか……仕方のない人ですね…貴女には"私"という人間をもう少し教えて差し上げないといけないようですね』


強引にの襟元を引き剥がし、先日付けた朱色の痕に舌を這わせる


『この痕でご理解頂けないのであれば……そうですね…貴女のお望み通り私だけのモノになって頂きましょうか?』

『…っ!そ、それは………』

『お嫌ですか?身体はそうは言っていないようですが…』


首筋から耳元へ舌が這いあがり、そのまま激しく強く唇を塞がれる
舌を絡ませられ、身体から力が抜けていく
こんなにも強引に半ば力づくで奪われているというのに、の身体は永光に触れられる事喜んでいた


『舐めてください』


永光は親指をの唇に押し当て、意地悪気な眼差しと静かな笑みを浮かべる
そう、がその眼差しに弱い事も、永光の要求に逆らえない事も知っての事だ
くるくると目まぐるしいほどに、素直に表情を敏感に変える顔を堪能するように、永光はの顎を持ち上げ、恥らい必死に視線をを逸らす瞳を覗き込む


『どうしました?』


頬を紅潮させ、瞳を潤ませるその表情に 永光は理性を奪われ、自身の奥底に眠る欲望を駆り立てられるのと同時に、これだから大奥の男たちは愚かあの春日局の心さえ奪ってしまう無意識のに黒い感情をより濃くした

そんな永光を知ってか知らずか、躊躇いがちに少しづつ、永光の要求通りには指に舌を絡めはじめる


『可愛いですよ、


永光のその言葉には更に頬を紅潮させ、永光のそれを満たす


『本当に貴女って人は… 男の欲望を駆り立てるのがお得意のようですね』

『そ…そんな……私はただ………』

『ただ? 言わないのなら言わせてあげましょうか』


永光の指がの頬の線をなぞり、何も言えないに、永光は満足そうに冷たい笑みを浮かべてみせる
"総取締役"の永光の姿とあまりにも違う冷徹な永光の姿
どちらも永光なのだが、の心はその冷たい笑みを見るたびにちくりと痛む


『上様、ずいぶんお万の君と楽しまれているご様子ですね』


春日局が睨む様な厳しい眼差しと、パチンっと扇を畳む音が冷たい雪の夜の空気を切り裂いた


『今日はここまでにしておきましょう。取り乱すと余計、疑われますよ。私はそれでも構いませんが…"上様"』


の耳元でそっと永光は優しく囁いた
その言葉にの強張る身体は少し力がぬけたようで、上様らしく言葉を紡いで見せた


『何か用か?春日』

『明日、急な謁見の申し出がありましたので、その打ち合わせをさせて頂きたくお部屋にお伺いしました』

『そうか…このような場所まで足を運ばせてすまなかった』

『雪の夜の庭も美しいとお誘致したのは私です、上様が何も謝られる必要はないかと…』

『ほう…』

『一面白い雪に覆われた庭で唯一 紅く咲き誇る椿が月に照らされる様は、とても美しいですからね』

『私の目には庭の椿をご覧になられているようには、到底見えませんでしたが、上様もそうおっしゃるなら…』


何もかもを見透かしたような春日局の視線がを絡め取る


『ここは大奥、無粋な詮索せずともよいでしょう。それよりも、上様、お風邪を召されては困りますので、お部屋に早々にお戻りいただきたい』

『わかった…』


詮索を逃れた事に肩をなでおろしつつ、歩き出した春日局の後を追うの姿に、永光の瞳が刺すような冷い光を帯びたのを 春日局は見逃さなかった

部屋に戻ると、春日局は扇の先をの着物の胸元に突き刺し、正したばかりの襟元を乱し、そこに現れた永光がつけた朱色の痕に目を細めた


『雪夜の椿…か………』











2012.2.7